2019年10月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

人間栄養のこと

無料ブログはココログ

2019年10月11日 (金)

ご近所さんとの食事の話しから見えてきた、2度目の「人間栄養」へ気付き

前回のブログでは、
栄養士自身が「人間栄養」への気付きについて書きましたが、

2度目の「人間栄養」の気付きが、
ご近所さんとの会話から見えて来たことを書いてみたいと思います。

ある時、ご近所さんから 
食事の話を聞かせて欲しいと、声をかけてもらい
友人宅で食事の話をさせてもらいました。

以前に、私が地元の市より依頼があり、
介護予防教室の栄養講話を話をしたのですが、

その受講者の中に ご近所の顔見知りの奥様達が数人参加されていたため、
そこから話が伝わったことがきっかけでした。

以前から、私は栄養士の仕事をしていることを、
それとなく話をしていましたが、
その方々は、私の講座を聞かれて、よりじっくりと聞いてみたいと思われたようでした。


ご近所さんの年齢は、概ね70歳代。
民生委員や、
子育てスペースでの保育ボランティア等の活動をされている方、
体操サークルに参加したり、家庭菜園で熱心に野菜作りを楽しんでいる方等々  
10名の方が集まってくださいました

顔ぶれは、70歳代女性でしたので、
主なテーマは 「フレイル予防~これからも 自分らしく過ごしていくために」としました。


私は、
「人間栄養」の視点から、食事について 話しかけていきました。
皆さん 熱心に聞いてくださいましたが・・・

講話の後の雑談の中から見えてきたことは、
ご近所さんも「食品栄養」からの健康情報に大きく影響を受け
振り回されているんだなぁ~ っと!

テレビ等からの情報により 
食に関する大量の健康情報が、繰り返し、繰り返し流れ、浴びせられ いつしか 刷り込まれていく。。。。。

 

何のために 選ぶのか?
自分にとって必要な優先順位であるのか?

納豆 きな粉 酒粕 麹
ごぼう茶  青汁  えごま油    

次々に出てくる「体に良い食品」

ご近所さん: 何だか良さそう! テレビで 体に良いって言ってた
栄養士:   何に良いって 思って食べているの?
ご近所さん: 分からないけど 何だか良いみたい


健康情報には、いろいろ気を配って、
そう、家族の食事も 気を配って、皆作っているのだが、、、

本人は、お菓子が大好きで、お昼ご飯をお菓子で済ませていたり、
何となく1日2食で済ませていたり・・・するのだ。


食の捉え方、考え方が、その人にとってどうなのか、、ではなく、
良さそうな機能を持つ食品、つまりズッポリ「食品栄養」の視点で 語られているのだ。

繰り返し 流れてくる、強烈な「体に良い食品情報」「ダイエット情報」・・・・。

 

その意味するところは、健康情報が氾濫する今の現状では、
健康や食に関心のある方々であっても、つい「食品栄養」だけの視点で考えてしまうのだ。

それでも私は、「食品栄養」だけの視点ではなく、その方にとってどうなのかを、支えてあげたいと思うのだ。

そんな人と対面した時、管理栄養士の私は、
どんな言葉をかければ、その方の大事なことを、引き出していけるのだろう?
「体に良い」という膨大な食品情報の厚くて定かではない殻に埋もれた方の、
漠然としたその殻を脱がし、気づいてもらうためには?

その人らしく 生き生きと過ごしていくために
「あ~ こうすれば良いのね!」 
心を揺さぶる スキルを 磨いていきたいと思っています

“えいようさん” の 妃世

 

2019年10月 1日 (火)

他の職種は“人間栄養”をすでに知っている???

管理栄養士として、
在宅訪問に関わるようになったのは20数年前。

ほどなく2000年に介護保険が施行されました。

私が遭遇した、在宅訪問での場面は「人間栄養」そのものでした。

それは、在宅訪問の現場で関わった他の職種の方々は、
皆、対象者の生活や介護について、初めから「ご本人の意向」に沿い、
“よりよく生きる“ために様々なことの折り合いをつける、
その考え方のもと、仕事をしていたように思います。

介護保険で各種サービスを提供する際に、
最も大切にされていることは、
「ご本人の意向」(介護者である家族の意向も含めて)です。

ご自宅でどのような生活を送りたいか、
どのように暮らしたいのか
ご本人の意向を叶えるために様々なサービスが提供されます。


例えば、管理栄養士である私の訪問先は、

糖尿病があって、車いす生活で、栄養状態はそれほど良くなく、
でも、食べることが何よりも楽しみで、
さらには、介護者の負担を軽減するために対象者の方の減量も必要・・・・・

いつも、いろいろな状況が重なり合っているのが訪問先の事情でした。

 

それまでの私であれば、きっと

「食べる楽しみを損ねることなく、
栄養状態を改善しながら減量も実現、
血糖コントロールも今よりは良くしなければ。。。」と、
かなりハードル高く方針を掲げそうになるところでしたが、

他の職種がそうしているように、
「ご本人の意向」を中心に考えると、

思いの外、優先順位を決められたり、
妥協することも受容できたり、
いろいろなことが考えやすかったのです。

そう、「折り合いをつける」 と言う言葉が合うのです。

ご本人の食事量も
ご家族の介護力も何事もきっちりは行っていないけれど、
まさしく「折り合いをつける」、
そのような感じです。

他の職種やサービス提供者は、
当たり前に、「折り合いをつける」、つまり「人間栄養」の考え方を持って
それぞれの力を発揮していました。

私が在宅訪問を始めてから、それほど時間がかからずに
「人間栄養」を実践できるようになったのは、
他の職種の方々のおかげなのです。

管理栄養士の在宅訪問が珍しいからと、同行してくださったケアマネや訪問看護師の方々が、
ご本人やご家族に「それはやれそう?」、
「毎日だけど、大丈夫?」、
「どんなことが難しそう?」等と、
ごく自然にいろいろなことを確認してくださいました。

主治医達も
「しっかり食べて、誤嚥に負けない身体を作ろう!」、
「大きな声で歌を歌えば嚥下訓練になるよ」、
「日向ぼっこできる体力をつけよう」等と
ご本人の励みになる言葉で栄養状態や嚥下機能向上、体力アップを促していました。

医師や看護師やケアマネの方々(医療職、福祉職の出身の方が特に)が、
対象者を中心に捉えていることが当たり前のように見えたけれど、どうしてなんだろう。

それらの職種における教育内容が栄養士・管理栄養士のものとは違う視点がある。

そう思わざるを得ませんでした。

教育だけのせいにはしたくないけれど、
信念や感情を持ち、明日を生きる「人間」との対話は、
「相手を想う」ことが出発点だということを目の当たりにしました。

そして、いろいろな人がそれぞれの専門性を少しずつ吹き込んで、
「よりよく生きるために」を応援する。

その取り組みは、折り合いをつけながらファジーでもいい。

さらに、自分以外の職種にとっても、
役立つ存在でいられるような心がけができると
その力は何倍にもなって、「人間」を勇気づけ、元気にできるのだろうと思います。

そう、以前にもこのブログで書きましたが、
私にとって、「人間栄養」をわかったと実感できたその瞬間というのは、

食べることに関して、人それぞれに必要量や食べることへの信念などが違ってもよいのだ

“よりよく生きる”ために折り合いをつける、という考え方に、自ら気づいた時なのです。

"えいようさん"のmissy

 

 

 

2019年9月25日 (水)

ICU(集中治療室)で実感した人間栄養

私は10数年前、
縁あって治療主体の急性期専門病院に就職することになった。

その頃、
管理栄養士は食事を中心とした働き方からの転換期を迎えており、
NCMやNST(栄養サポートチーム)など、
個々の対象者の栄養管理を進めるための手法が実践され始めたころである。

臨床の経験の無い私も、「流行りに遅れまい」と、
病院勤務に就き、NSTメンバーとなった。

初めてのNST回診で、
ICU (急性機能不全患者の24時間集中管理をおこなう集中治療室)に行った。

担当したある患者さんは、
術後に何らかの障害が発生して、
呼吸、腎機能の低下が著しい重篤な状態だった。

私は、
病室の呼吸や血圧などをモニターする機械音に戸惑い、
複数の点滴チューブ、
排せつのための管が装着された患者さんを眺めることで精いっぱいだった。
NSTチェアマンの医師は、私に
モニターの見方、
沢山のチューブ、
特に栄養ルート、排せつルートを詳しく説明してくださった。

これだけでなく、チェアマンからは、
管理栄養士も、
患者に触れること、
温かいか、冷たいか、むくみがあるかなど自らの手で評価し、
栄養計画に生かすことを教えられた。

NSTメンバーの様子を見ると、
看護師も、
薬剤師も、
患者さんを観て、触って、カルテや検査データを読み記録している。

回診後のカンファレンスでは、
それぞれ意見を出し合い
腎機能低下、術後侵襲に配慮しながら
投与栄養量を決めていった記憶がある。

その経過を経て、当面の栄養介入目標は、
「ICUからの退室」と決められ、
栄養素等の量の提案や
ICUでのモニタリングの注意点を集中管理室担当医師に伝え、回診を終了した。


私は、
NCMについて事前に学習し準備したつもりだったが、
この日、患者さんを前にして何一つ確かな評価ができず、
他職種が集めた情報に聞き入るばかりだった。

NST回診で、
私が役割を果たすにはどうしたらよいか、課題だけが残った。

回診を重ねる中で、
私は、
患者さんやNSTに役立つために、
患者さんの栄養評価に徹し、
補給する栄養素、
減量する栄養素の提案ができるようになりたいと考えるようになった。


初回NST回診の体験は
「人間栄養」を他職種から教えられた瞬間だったと、今も思っている。



「人間栄養」的な対象者中心の考え方は、
医師、看護師、薬剤師など 
医療者として、ごく自然に育成されてきたのだろう。

あの頃、「人間栄養」的態度や発想が身についていないのは、
管理栄養士だけだったのかもしれない。

このことは、あの回診で、私は考えられなかったが、
チームのメンバーが考えた栄養介入目標の「ICUからの退出」も、
治癒するために手術を選ばれた患者さんの気持ちに沿った当然の目標で、
まさに人間栄養に即した考えであることからも分かる。

他の医療者と同様に、
わざわざ「人間栄養」という言葉を掲げなくとも、
ごく当たり前に、目の前の対象者の「生きる」に貢献できる管理栄養士でありたいとと思う。

         ”えいようさん”の恵

2019年8月30日 (金)

実感するまで時間がかかった「人間栄養」

今から15年くらい前のこと

栄養士会の研修で聞いた「モノからヒトへ」という考え方が
今思えば「人間栄養」がテーマの研修だったと思う。

この研修会から程なく、
1日1食、深夜23時から24時に食事をしている
30歳代後半の営業マンの栄養相談をすることになった。

肥満の他、
糖尿病、
脂質異常症、
高血圧症等の心配が色濃く血液検査値に出ていて、
ご本人は何とかしなければと来てくれたものの、
“仕事が忙しくて食事をする時間が作れない”と困り顔だった。


私は考えた・・・・。

彼は、
自分の習慣が良いことなのか
悪いことなのかを知らないでいて、
結果として、大切な人生を生きにくくしてしまっているかもしれない。

健康を大きく損ねると身近な人たちをも巻き込んでしまい、
食べることが命の源ではなくなる。


彼を前に、そんな想いが浮かび、本人に伝えた。

“元気に営業活動をするために、朝起きてから夕食までにあと2回の食事”
“1日3回食べられるといいけれど、できるかな?”


彼は、
“それならできると思う”
“会社に行ってからと、昼休みの2回、何かを食べる”
と答えた。

それから1か月後の面談時、
彼は朝、コンビニでおにぎり2個を買い、車の中で朝と昼に1個ずつ食べていた。

夜は今までと変わりない食べ方だったけれど、
コレステロール値がわずかだけれど改善していた。

私は、
“あなたは、まだできることがあると思う。”
“野菜ジュースや牛乳をプラスできると、足りないものを補えるのだけれど。”
と伝えた。


1か月後の面談時、
彼は、食事時に飲んでいた水が野菜ジュースや牛乳に替わり、
自身が満足するまで食べていた夜の食事量が少しずつ減るようになり、
それを朝食に回して食べるようになっていた。

コレステロール値はさらに改善し、体重も減量でき、
HbA1cや血圧まで正常値になっていた。


私は、栄養士として再び仕事を始めて間もなく、
今よりも知識もスキルも無かったと思うが、

“何を食べるか、何をどれだけ食べるか”ではなく、
“どうしたら元気に仕事ができるか、年を重ねられるか”
ということを、
私は対象者と一緒に考えることができ、
そして彼の若いパワーも相まって、彼自身が健康を取り戻した。


そのとき、
このちょっとしたやり取りから、対象者の力が発揮されることを、私は目の当たりにした。



「モノからヒトへ」
食品の組み合わせだけの栄養指導から、対象者の生活・食生活を丸ごと受け入れ
そこから考えていくフォロー

“これが『人間栄養』かもしれない” 
事例を通して初めて、わかったと思った瞬間だった。
 
”えいようさん”の伸助

2019年8月15日 (木)

保健師さんから学んだこと

私が「人間栄養」に気づいたのは、いつだろう?

栄養指導が、みんな同じでいいわけがない。
体格や活動量、生活スタイルが違うのだから食べ方や量が違って当たり前だ。
何となくそういうことに気づいたのは、ずっと若い頃であったと思います。

かつて、私が勤務していた病院には、糖尿病専門外来がありました。
専門医の診察室に栄養指導用のデスクが配置され、
すべての患者さんに栄養指導を実施します。
主治医の指示はたいてい18単位から20単位と決まっていましたから、
午前中に10人~15人くらい、
どの患者さんにも同じことをずっと繰り返し喋っていました。

いっそ録音してエンドレスで流したい!と、
よく同僚にボヤいたことを思い出します。

その一方で、
先輩から受け継いできた、
誰に対しても同じことを一方的に押し付けるような療養指導というマニュアルに対して、
なんか違うよな~、と感じ始めていました。



その後の異動で、
保健師さんと一緒に働くようになり、
次第にその思いは確信となりました。

彼女たちは日常で生活する方々に対して、
ただ話を聞いて受け入れ、共感し、
押し付けることなく解決策を提案するという、
私にはないアプローチをするのです。

知識の提供によって納得させるのではなく、
相手に共感することで自ら納得して行動できるように促している。
すごいな・・・と思いました。


栄養指導の際は、
その方がどのような将来を望み、
健康でいるためにどうすればよいのか、
栄養士はエビデンスをもって取り組まなければならないと考え、
そのように心がけてきたつもりでした。

それでも主導権はこちら側にあり、
どうにかして私の予想する結果に誘導しようという魂胆(?)
もあったように思います。

保健師さんと協働した経験があって、
まず相手に寄り添い共感することが第一歩であると、
私自身が納得しました。
そして、自分なりに心がけてきた、
個々の思いを尊重し科学的根拠に基づく栄養改善の取り組みというものが、
実は「人間栄養の考え方」であったのだと、
改めて気づきました。

"えいようさん"の Hasebe

 

 

2019年7月30日 (火)

特定保健指導が大きな変換期だった!

”えいようさん”の妃世です。
これまでの2人に続いて、私にとって「人間栄養」と、気づいた時を書いてみたいと思います。


私が気づいた時は、10数年前に始まった「特定保健指導」の時です。

これまでの栄養・食事指導では、
対象者に、一言も言葉を発せさせることなく、
頭から一方的に、
栄養士の「言い分」をたたみ込むように、
いや 流れるように
話していたように思います。

「~しましょう」(魔性の女)
「~してください」(ダサい女)
を連発して・・・

これまで食事栄養相談の面談時間は 
自分なりに30分程度と区切ってはいたものの、
対象者の話(思い・言い分)を聞いてからでないと
栄養士の話に耳を傾けてくれないことが多く、
振り返ると 1時間近くかけていたように思います。


特定保健指導制度では、30分刻みで 次々と面談を進めていく事が求められ、
当初、1日十数人の面談に追いかけられるような感覚の中、
時間と闘いながら、どうにかこうにか、こなしていました。

これまでの「相談の仕方」では通用しなかったのです。

しばらく、どうすれば良いかの 明確・具体的な方法がわからないまま、やり過ごしていました。


そんな中、ある特定保健指導をする会社との出会いがありました。

そこでは、保健指導を実施するための、具体的なポイントが整備されており、
また、研修制度により、納得しながら、頭を整理していく機会が与えられました。

さらにこの研修の機会では、参加者同士で、現場に即した指導内容になるよう 意見やアイデアを出し合い
現場で生かせるよう 話し合っていくことができました。

これこそ「人間栄養」に基づいた 指導内容として結び付いた場でした。

そこから「管理栄養士」としての仕事の手ごたえをずっしりと感じ、
遣り甲斐を 更にさらに強く感じ 心が躍りました。

「役に立つ栄養士」とはどんなことなのか? 
ということを 日々 心にとめ これからも 
人の心を揺さぶられる そんな栄養士でいられるよう前を向いて進んでいきたいと思います。


                      “えいようさん”の 妃世  

2019年7月22日 (月)

「人間栄養」がわかった瞬間

「1日3食、毎食に主食やおかず、野菜が揃った食事を食べましょう」
「間食はやめましょう、菓子類は食べないように」
「果物は1日1単位までにしてください」
「夕食後には食べないようにしましょう」
「味付けは薄く、塩辛い物はやめてください」
「飲酒は当分やめましょう」

 今から20年程前、
 管理栄養士として仕事を続けていた私は、
 先輩の管理栄養士の方々が栄養相談の際にこれらのことを
 対象者に同時にたくさん伝えているということについて、
 疑問を持っていました。

 本当に、これらのことを栄養相談の対象者に言い続けなければならないのか?

 病気がある方々だから言わなければならないのだろうか?
 本当にこれらを実行できたら、健康になれるのだろうか?
 一度にたくさんのことができる人は少ないのではないか?
 当時、私も栄養相談では、これらの中から目についたこと、
 あるいは気が付いたことを取り上げ、伝えていました。

 しかし、気持ちは苦しくなる一方でした。

 そんな中、「人間栄養」の考え方が雑誌や研修会で取り上げられるようになり、
 生活・食生活と代謝、人体側面からその関係を見ていく
 「人間栄養」の考え方を知るようになりました。

 “同じ食事を食べていても、それぞれの身体から得られる結果(体重や血液検査等)は違う”
 ということに改めて気づき、

 ”その人が何を望んでいるのかを汲み取って、
  何をどう食べていくかを納得してもらって
  将来の健康リスクを軽減する行動を促す“

  その活動こそが「人間栄養」だということを知りました。

 さらに、「日本人の食事摂取基準2005年版」で

 “エネルギー及び栄養素の「真」の望ましい摂取量は個人によって異なり、
  また、個人内においても変動する“

   ということが明確になった時、
   ひとそれぞれの食事量や食生活があるのが当然で、それらの習慣と
   それぞれの身体から得られる結果を手掛かりに、
  必ずしも数多くの理想を追い求めなくても健康リスクを軽減することができるはずだ、
  と確信しました。
  長年抱き続けて来た疑問と苦しさから解放された瞬間でした。

   それから、栄養相談の時には対象者側に自身を置いて考えることができるようになり、
 対象者の意向や信念を残したまま、健康リスクの軽減を目的により望ましい行動を
 一つずつ実行していくための話し合いができるようになりました。

 「人間栄養」は
  古の時代から究明されてきた生化学と「ヒト」の身体で検証してきた
 エネルギー・栄養代謝の科学を用いて、「ヒト」をよりよい健康・栄養状態に導き、
 よりよい未来にするための取り組みだと、今は言えるようになりました。

 そして、その中心的な担い手は管理栄養士でありたい、と思っています。

                                              "えいようさん"のミッシー

 

2019年7月 9日 (火)

人間栄養を「深堀り」する

人間栄養研究会が発足して4年、
ブログを始めて2年目の夏を迎えました。


そもそも、この研修会は、
人間栄養について細谷先生ご自身から伺いたい、
多くの方に人間栄養を広めたいと思うメンバーが集まり発足しました。

会が発足して1年が過ぎた3年前の夏、
細谷先生は、数回お目にかかったところで、突然ご逝去されました。

そのため、一時期、この研究会は、方向性を見失いかけました。
(経過はブログをご覧下さい。)

私たちは話し合いを重ね、
研究会発足時の主旨を変えない、
そして、細谷先生から教示いただいたことと自分たちの経験を基に、
私たちなりの「人間栄養」をお伝えすることを活動の柱に、
ブログを更新してまいりました。

最近の1年は、「人間栄養は、個々の信念や思いを最大に尊重した、
よりよく生きるための科学的根拠に基づく栄養改善の取り組みである」と位置付けて、
それぞれの「より良く生きるための取り組み」を綴ってまいりました。

メンバーは、さまざまな地域に住んでいます。
活動してきた分野も、育んだ経験も様々です。
ブログを読み返すと
全員が、人間栄養の実践、具現化、啓蒙のために、力を注いできたことが伺えます。

改めてメンバー内の管理栄養士を眺めてみると、
もちろん私も含めてですが、
学生時代には、「人間栄養」という言葉は存在せず、
栄養ケアマネジメントという手法も標準化されていませんでした。
学んだことは「集団給食の技術」、
「療養食」の提供と対象者への伝達(敢えて栄養指導とは書かない、いや書けない・・)です。

私は、ハタと考えました。
メンバーの皆は、
どこで「人間栄養」を知り、そして、どのように具現化してきたのでしょうか?

今では、当たり前のことですが、
少なくとも、「人間栄養」すなわち「対象者がよりよく生きる」を支援するには、
その人の身体状況や、栄養状態の評価、エビデンスに基づく栄養計画、そして評価と、
新たな試みに挑戦しなければなりません。

私も恐る恐る手探りで挑戦し、
これが「人間栄養?」という手応えを積み重ねてきたように思います。

メンバーのどの方も、きっと「これが人間栄養だ!」と「気づく瞬間」があったはず。。

それを多くの方と共有できれば、人間栄養がもっと浸透するかもしれません。
これから、しばらくの間、私たちの「気づきの瞬間」を書き綴ってみたいと思います。

もう少し人間栄養を深堀しようと思います。

                       ”えいようさん”の恵