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人間栄養のこと

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2019年10月22日 (火)

指導時間内でできる「人間栄養的」栄養指導

栄養指導にどれほどの時間をかけていますか?

気が付くと1時間以上経っていた!
という経験はありませんか?

ある栄養士は、
「指導時間が長いほど、相手の思いを十分に知ることができ、傾聴できていると思う。」
と話していました。

傾聴できていることは、時間の長さに比例するのでしょうか?


「人間栄養」の考え方に基づくと、
クライアント(対象者)の意向を優先しますが、
言いなりになることではありません。

栄養相談の場では、相手と打ち解けるにつれて、
つい話がそれたり、
噛み合わなくなることがありませんか?
結果として、情報が取り散らかってしまった話を、整理するのはちょっとしんどいですよね。

医療機関において、
1回の栄養指導にかけられるのは、
せいぜい20分から30分。

この時間内に、効果的な指導ができるために、
管理栄養士の私は
「アジェンダ」を提示することを心がけています。

面談の最初に
所要時間や予定の内容のまとめを提示しています。

その結果として、余計な話題に流れることもなく、
私もクライエントも、その時のミッションに、
両者で集中できているのではないかと感じています。


限られている時間の中でも、
両者で集中しているからこそ、

エビデンスの引き出しから
必要なものを取り出し、
その人に合うようにアレンジして使うことができる

というのが私の方法の一つです。


”えいようさん”のHasebe

2019年10月11日 (金)

ご近所さんとの食事の話しから見えてきた、2度目の「人間栄養」へ気付き

前回のブログでは、
栄養士自身が「人間栄養」への気付きについて書きましたが、

2度目の「人間栄養」の気付きが、
ご近所さんとの会話から見えて来たことを書いてみたいと思います。

ある時、ご近所さんから 
食事の話を聞かせて欲しいと、声をかけてもらい
友人宅で食事の話をさせてもらいました。

以前に、私が地元の市より依頼があり、
介護予防教室の栄養講話を話をしたのですが、

その受講者の中に ご近所の顔見知りの奥様達が数人参加されていたため、
そこから話が伝わったことがきっかけでした。

以前から、私は栄養士の仕事をしていることを、
それとなく話をしていましたが、
その方々は、私の講座を聞かれて、よりじっくりと聞いてみたいと思われたようでした。


ご近所さんの年齢は、概ね70歳代。
民生委員や、
子育てスペースでの保育ボランティア等の活動をされている方、
体操サークルに参加したり、家庭菜園で熱心に野菜作りを楽しんでいる方等々  
10名の方が集まってくださいました

顔ぶれは、70歳代女性でしたので、
主なテーマは 「フレイル予防~これからも 自分らしく過ごしていくために」としました。


私は、
「人間栄養」の視点から、食事について 話しかけていきました。
皆さん 熱心に聞いてくださいましたが・・・

講話の後の雑談の中から見えてきたことは、
ご近所さんも「食品栄養」からの健康情報に大きく影響を受け
振り回されているんだなぁ~ っと!

テレビ等からの情報により 
食に関する大量の健康情報が、繰り返し、繰り返し流れ、浴びせられ いつしか 刷り込まれていく。。。。。

 

何のために 選ぶのか?
自分にとって必要な優先順位であるのか?

納豆 きな粉 酒粕 麹
ごぼう茶  青汁  えごま油    

次々に出てくる「体に良い食品」

ご近所さん: 何だか良さそう! テレビで 体に良いって言ってた
栄養士:   何に良いって 思って食べているの?
ご近所さん: 分からないけど 何だか良いみたい


健康情報には、いろいろ気を配って、
そう、家族の食事も 気を配って、皆作っているのだが、、、

本人は、お菓子が大好きで、お昼ご飯をお菓子で済ませていたり、
何となく1日2食で済ませていたり・・・するのだ。


食の捉え方、考え方が、その人にとってどうなのか、、ではなく、
良さそうな機能を持つ食品、つまりズッポリ「食品栄養」の視点で 語られているのだ。

繰り返し 流れてくる、強烈な「体に良い食品情報」「ダイエット情報」・・・・。

 

その意味するところは、健康情報が氾濫する今の現状では、
健康や食に関心のある方々であっても、つい「食品栄養」だけの視点で考えてしまうのだ。

それでも私は、「食品栄養」だけの視点ではなく、その方にとってどうなのかを、支えてあげたいと思うのだ。

そんな人と対面した時、管理栄養士の私は、
どんな言葉をかければ、その方の大事なことを、引き出していけるのだろう?
「体に良い」という膨大な食品情報の厚くて定かではない殻に埋もれた方の、
漠然としたその殻を脱がし、気づいてもらうためには?

その人らしく 生き生きと過ごしていくために
「あ~ こうすれば良いのね!」 
心を揺さぶる スキルを 磨いていきたいと思っています

“えいようさん” の 妃世

 

2019年10月 1日 (火)

他の職種は“人間栄養”をすでに知っている???

管理栄養士として、
在宅訪問に関わるようになったのは20数年前。

ほどなく2000年に介護保険が施行されました。

私が遭遇した、在宅訪問での場面は「人間栄養」そのものでした。

それは、在宅訪問の現場で関わった他の職種の方々は、
皆、対象者の生活や介護について、初めから「ご本人の意向」に沿い、
“よりよく生きる“ために様々なことの折り合いをつける、
その考え方のもと、仕事をしていたように思います。

介護保険で各種サービスを提供する際に、
最も大切にされていることは、
「ご本人の意向」(介護者である家族の意向も含めて)です。

ご自宅でどのような生活を送りたいか、
どのように暮らしたいのか
ご本人の意向を叶えるために様々なサービスが提供されます。


例えば、管理栄養士である私の訪問先は、

糖尿病があって、車いす生活で、栄養状態はそれほど良くなく、
でも、食べることが何よりも楽しみで、
さらには、介護者の負担を軽減するために対象者の方の減量も必要・・・・・

いつも、いろいろな状況が重なり合っているのが訪問先の事情でした。

 

それまでの私であれば、きっと

「食べる楽しみを損ねることなく、
栄養状態を改善しながら減量も実現、
血糖コントロールも今よりは良くしなければ。。。」と、
かなりハードル高く方針を掲げそうになるところでしたが、

他の職種がそうしているように、
「ご本人の意向」を中心に考えると、

思いの外、優先順位を決められたり、
妥協することも受容できたり、
いろいろなことが考えやすかったのです。

そう、「折り合いをつける」 と言う言葉が合うのです。

ご本人の食事量も
ご家族の介護力も何事もきっちりは行っていないけれど、
まさしく「折り合いをつける」、
そのような感じです。

他の職種やサービス提供者は、
当たり前に、「折り合いをつける」、つまり「人間栄養」の考え方を持って
それぞれの力を発揮していました。

私が在宅訪問を始めてから、それほど時間がかからずに
「人間栄養」を実践できるようになったのは、
他の職種の方々のおかげなのです。

管理栄養士の在宅訪問が珍しいからと、同行してくださったケアマネや訪問看護師の方々が、
ご本人やご家族に「それはやれそう?」、
「毎日だけど、大丈夫?」、
「どんなことが難しそう?」等と、
ごく自然にいろいろなことを確認してくださいました。

主治医達も
「しっかり食べて、誤嚥に負けない身体を作ろう!」、
「大きな声で歌を歌えば嚥下訓練になるよ」、
「日向ぼっこできる体力をつけよう」等と
ご本人の励みになる言葉で栄養状態や嚥下機能向上、体力アップを促していました。

医師や看護師やケアマネの方々(医療職、福祉職の出身の方が特に)が、
対象者を中心に捉えていることが当たり前のように見えたけれど、どうしてなんだろう。

それらの職種における教育内容が栄養士・管理栄養士のものとは違う視点がある。

そう思わざるを得ませんでした。

教育だけのせいにはしたくないけれど、
信念や感情を持ち、明日を生きる「人間」との対話は、
「相手を想う」ことが出発点だということを目の当たりにしました。

そして、いろいろな人がそれぞれの専門性を少しずつ吹き込んで、
「よりよく生きるために」を応援する。

その取り組みは、折り合いをつけながらファジーでもいい。

さらに、自分以外の職種にとっても、
役立つ存在でいられるような心がけができると
その力は何倍にもなって、「人間」を勇気づけ、元気にできるのだろうと思います。

そう、以前にもこのブログで書きましたが、
私にとって、「人間栄養」をわかったと実感できたその瞬間というのは、

食べることに関して、人それぞれに必要量や食べることへの信念などが違ってもよいのだ

“よりよく生きる”ために折り合いをつける、という考え方に、自ら気づいた時なのです。

"えいようさん"のmissy

 

 

 

2019年9月25日 (水)

ICU(集中治療室)で実感した人間栄養

私は10数年前、
縁あって治療主体の急性期専門病院に就職することになった。

その頃、
管理栄養士は食事を中心とした働き方からの転換期を迎えており、
NCMやNST(栄養サポートチーム)など、
個々の対象者の栄養管理を進めるための手法が実践され始めたころである。

臨床の経験の無い私も、「流行りに遅れまい」と、
病院勤務に就き、NSTメンバーとなった。

初めてのNST回診で、
ICU (急性機能不全患者の24時間集中管理をおこなう集中治療室)に行った。

担当したある患者さんは、
術後に何らかの障害が発生して、
呼吸、腎機能の低下が著しい重篤な状態だった。

私は、
病室の呼吸や血圧などをモニターする機械音に戸惑い、
複数の点滴チューブ、
排せつのための管が装着された患者さんを眺めることで精いっぱいだった。
NSTチェアマンの医師は、私に
モニターの見方、
沢山のチューブ、
特に栄養ルート、排せつルートを詳しく説明してくださった。

これだけでなく、チェアマンからは、
管理栄養士も、
患者に触れること、
温かいか、冷たいか、むくみがあるかなど自らの手で評価し、
栄養計画に生かすことを教えられた。

NSTメンバーの様子を見ると、
看護師も、
薬剤師も、
患者さんを観て、触って、カルテや検査データを読み記録している。

回診後のカンファレンスでは、
それぞれ意見を出し合い
腎機能低下、術後侵襲に配慮しながら
投与栄養量を決めていった記憶がある。

その経過を経て、当面の栄養介入目標は、
「ICUからの退室」と決められ、
栄養素等の量の提案や
ICUでのモニタリングの注意点を集中管理室担当医師に伝え、回診を終了した。


私は、
NCMについて事前に学習し準備したつもりだったが、
この日、患者さんを前にして何一つ確かな評価ができず、
他職種が集めた情報に聞き入るばかりだった。

NST回診で、
私が役割を果たすにはどうしたらよいか、課題だけが残った。

回診を重ねる中で、
私は、
患者さんやNSTに役立つために、
患者さんの栄養評価に徹し、
補給する栄養素、
減量する栄養素の提案ができるようになりたいと考えるようになった。


初回NST回診の体験は
「人間栄養」を他職種から教えられた瞬間だったと、今も思っている。



「人間栄養」的な対象者中心の考え方は、
医師、看護師、薬剤師など 
医療者として、ごく自然に育成されてきたのだろう。

あの頃、「人間栄養」的態度や発想が身についていないのは、
管理栄養士だけだったのかもしれない。

このことは、あの回診で、私は考えられなかったが、
チームのメンバーが考えた栄養介入目標の「ICUからの退出」も、
治癒するために手術を選ばれた患者さんの気持ちに沿った当然の目標で、
まさに人間栄養に即した考えであることからも分かる。

他の医療者と同様に、
わざわざ「人間栄養」という言葉を掲げなくとも、
ごく当たり前に、目の前の対象者の「生きる」に貢献できる管理栄養士でありたいとと思う。

         ”えいようさん”の恵

2019年9月15日 (日)

十五夜の頃

皆さま
いかがお過ごしですか?

昨日は満月、その前の日は「中秋の名月」でした。
今年は、満月と十五夜の日がずれていますね。

国立天文台のホームページで調べてみると、
「中秋の名月」とは、太陰太陽暦の8月15日の夜に見える月のことを指します。
太陰太陽暦では、新月(朔)の瞬間を含む日が、その月の朔日(ついたち)になるので、
今年は8月30日(新月の瞬間は19時37分)が太陰太陽暦の8月1日、9月13日が太陰太陽暦の8月15日となるようです。

一方、天文学的な意味での満月(望)は、地球から見て月と太陽が反対方向になった瞬間の月のことを指します。
この瞬間は、今回、9月14日13時33分に満月だったので、結果として満月と十五夜がずれました。

夜空の月は、とても美しく、つい眺めながら、月の中にウサギさんを探してしまいました。


昨日、車で移動をしていたら、特定のエリアではあったものの、車窓から稲刈りの様子が見えました。
そんな時期になりました。

地方では、あちこちで収穫祭やお祭りが開催される時期。
収穫を祝う伝統が、まだまだあちこちに残されていますよね。


管理栄養士の仕事は、ある意味、食事を選択できることが前提になっているところがありますよね。

その選択できる食の豊かさは、この秋の収穫の時期がとても影響しているのだと思うと、
ここにある文化と、私たちの仕事のつながりを、
切り離すことは、できないのだと感じます。

中秋の名月は農業の行事と結びつき、「芋名月」と呼ばれることもあります。
食欲の秋・・だけではありませんね。

”えいようさん”のゆうさん

 

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